この書(奥州名所図会)以外に、利府説の依書は見当たりません。
それどころではなかったのです。絵図より百年も前に、しかも仙台伊達藩の藩主の命で作った『奥羽観蹟聞老志』には、名古曽関が菊田郡(いわき市)の項の中に、位置まで詳述されているのです。
又、図会の八十年も前に同じく、伊達藩主が作った『封内名跡志』や『封内風土記』のどこにも「なこその関」はないどころか、利府にあるのは「総の関」となっているのです。
又、図会には「久那土神が来勿度神のことで、関の名でもあって勿来に縁している。そして、いわきの菊田でも勿来の関を名乗っているが、どちらが正しいのか後の考を待つ」と結んでいます。
大変ユニークな話ではありませんか。
この書以前に、利府説を裏付ける文献は、今のところ見あたりません。