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15. 勿来関が白河の関の異名だとする説がありますが。

(史料3)

西行法師の「あづまじや しのぶのさとにやすらいで なこそのせきをこえぞわづらふ」(一二三五年)の歌を根拠として、勿来関は福島市信夫の北方にあると言う説があります。これは「しのぶのさと」を信夫と誤解しているのです。

「この歌は「忍ぶ恋」をテーマにした歌会で歌われたもので、『新勅撰集』に出てくるその歌の前後の歌を見ると、「しのぶの浦」などもあるのです。しのぶの浦は福島市にはありませんから納得です。

又、清少納言の『枕草子春暁抄(能因本)』(一〇〇一年以前)には、次のようにあります。

せきは あうさかのせき すまの関 すすかのせき くきだのせき 志らかわのせき 衣の関

たたこえのせき はばかりのせきと たとへなくこそおかしけれ よこばしりの関 きよみがせき

見るめの関 よしなゝのせきこそ いかに思ひ返したるならんと いと志らまほしけれ

それをなこその関とはいふにやあらん

これは能因法師が持っていたといわれる本の写本の一つですが、他の本も若干の違いはあるものの、白河の関となこその関が列挙してあるので別物として描かれていることが分かります。因みにくきだの関は、三重県にあったとされる関のことなので、きくたの関のことではありません。

誰が名付けたかは分かりませんが、関の名は、遊び心の世界なのが分かります。『枕草子春暁抄』の関名で、文法がどうのと言うのは見当たりませんね。